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”田中翔”そのひとが描く、唯一無二の未来

花柄のヘルメットを被り、バイクで颯爽と現れたのは田中翔さん。舞台の際に、Sakaseruを通じて花をお届けさせて頂いたご縁で、この度インタビューのご機会を頂きました。

田中さんのTwitterのプロフィールには、役者、ダンサー、アクロバットと活躍の分野が並び、日々ライブ配信が行われます。現在の仕事について尋ねると、「今は舞台の仕事が多いので、役者として見られることが多いです」と、断言しない形での回答。
実はその裏に、田中さんが広い広い視点で思い描く、未来がありました。

一言では言い表せない、"田中翔"という人物について、この度はお話を伺いました。





ファーストキャリア “田中翔”の目覚め



仕事のはじまりは中学生時代。ささいな気持ちから、タレント養成所に通い始めたのがきっかけだったといいます。

「『有名人になりたいな〜』って感じですよね」

田中さんはあっけらかんとそう言って、笑います。
そのキャリアはテレビのエキストラから、ダンス、お芝居と幅が広がっていったそう。その中で、田中さんが一番始めに「ハマった」のはダンスでした。
昨日まで「格好良くなかった」自分の動きが、「何故、格好良くないのか」を考えて試して、変化していく。始めた頃も、もちろん今も、自分が納得するまでは妥協することはないといいます。

「一つ一つにこだわる精神は、今も絶対に捨てたくないです」

そんな姿勢が伝わったのか、高校卒業時にお世話になっていた人から事務所所属の打診をもらいます。
そこはテーマパークでのショーなど、パフォーマンス系を中心に仕事を展開する事務所でした。

「人は勝手についてくる」――フリーへの転身


事務所に研究生として所属した後、最初の仕事が決まってからは、仕事は順調に進みました。もちろん悩むことも、大変だったことも沢山あったそうですが、心を折ることはなく、田中さんは苦労を乗り越えるだけの努力を惜しみませんでした。
どんなに大変なパフォーマンスでも「必ずお客さんから拍手をもらえるものを」。そう、自分の中で課し、仲間と共に走り抜けます。

そんな日々にわずかながら違和感を感じたのは、"人気者"になってからだったと言います。

「あるショーの担当をきっかけに、沢山の人に見て頂く機会ができて、ファンの方も沢山ついてくれました。
応援してくれること、自分を見てくれること、とてもありがたかった一方で、それは役を通した姿。本当の自分とは違う、そんな感覚が拭えませんでした」

人気のショーで沢山の人に知ってもらう機会は、本当にありがたい。ただ、その役を離れた後に残ってくれる人は何人いるのか――そんな風に思うようになったそうです。

「逆に言うと、この田中翔って人 ”が” いいなと思ってもらえたら、人は勝手についてきてくれると思ったんです」

田中さんがフリーで活動することを決意したのは、2018年のことでした。



フリーになった、今



「フリーになって思うのは、すごく小さい世界にいたんだな、と。今は色んなことを勉強したくてたまらないです。
ありがたいことにお仕事のお話は頂けているので、その中で、より勉強できる環境を求めて、お仕事をさせて頂いています」

田中さんは本格的にお芝居を初めて、まだ3年程度。それにもかかわらず、先日は初主演の舞台となりました。

「自分は主演の器じゃない!とは思ったんですけど」

照れ笑いのような、はにかんだ笑顔でそう言ったあと、「もらった役に対してはやりきりました」と、これまで聞いてきた”田中翔”さんに違わない言葉を聞かせてくれました。





役者でもダンサーでもない、“田中翔”として



そんな勉強熱心でひたむきな姿勢に、最終的な目標を尋ねると、

「”田中翔”としてやっていきたいんですよ。……うまく言えないんですけど!」

順風満帆に見える役者さんとしてのお仕事ですが、来年以降、お芝居として舞台に立つ機会は減らしていくつもりだと言います。
その理由はいくつかあるそうで、まずお芝居にはものすごく時間がかかること。他のことに時間が割けなくなってしまうのだそうです。

「お芝居は一つのシーン、セリフであっても、その背景に何があるのか、どうしてこの言葉や感情になったのか。一つ一つを掘り下げていかないといけません。それをやりながら、他のことにはなかなか力を注げないですよね」





舞台を減らして空いた時間では、動画の制作や、現在も行っているライブ配信に充てたいそう。
実はそれが、「”田中翔”としてやっていく」に繋がっていきます。

「テレビに出ている芸能人の方でも、"タレント"とか、"芸人"とかの枠に囚われない、ジャンルが”この人”っていう人たちがいるじゃないですか。それと同じように、”田中翔”というジャンルを確立させたいんです。
色んなことを学んで、やってみて、自分だけのものを突き詰めたいと思っています」

それは仕事の範囲に限りません。”かけるの休日倶楽部”という趣味のコミュニティを作り、交流の輪を広げていく活動も行っています。

「僕きっかけで知り合った人たちがつながりを持って、趣味や交流を広げたりしてくれたらいいなと思っています。
僕自身、仕事以外の時間に救われてきた人間なので、他の人のそういう場を作りたいんです」

そんな風にして、仕事を通じても、コミュニティ活動を通じても、“田中翔”を知ってもらうこと。知ってくれた人達と一緒に、”田中翔”が作っていく未来を見ていくこと――明るい瞳で、田中さんはそれを語ってくれました。



花を贈って下さるファンに向けて



田中さんの言葉でお伝えします。

「ファンの方への感謝の気持ちって、ありがとうございますという言葉だけでは伝えきれないです。
僕にはもったいないぐらいの幸せ、今の僕があるのは本当に皆さんのお陰です。

もっと皆さんに面白い世界、景色を見せるので……。絶対やるので、見ていて下さい。
そして、楽しみにしていて下さい」




花柄ヘルメットを抱え、愛車の横に立つ田中翔さん



取材を終えて



インタビューの最中に印象に残ったのが、「人のために何かがしたい」「人に誘われて」「◎◎時代の繋がりで」というように、人との関わりについての言葉やエピソードが多いこと。そういった言葉があったので、「他の人のために場を作りたい」というお話も、とてもすんなりと、納得感を持って聞くことができました。

取材終わりには、「もし5年後今よりもっと活躍していても、絶対取材拒否とかしないので、また取材して下さい」と言って下さった田中さん。その暖かなお人柄の先に、5年後10年後、あるいはもっと近い未来、私たちは思いもよらないご活躍をされる田中さんを目にするのかもしれません。
そう思うと、私たち取材陣もとてもわくわくし、その時点で田中さんの”ファン”になっているのだろうなと思いました。


田中さん、この度はお忙しい中インタビューにお答え頂き、本当にありがとうございました。この場を借りて、改めてお礼申し上げます。
田中さんの作る未来、勝手ながら私たちも楽しみにしています。


最後に、田中さんのTwitterより、今後が一層楽しみになるツイートをご紹介させて頂きます。





* * *

【今回インタビューさせて頂いた方:田中翔さん】
次回出演予定は、『第17GZ研究開発室』、『PLAY JOURNEY (アジア編)』など。
チケット等詳細は以下URLよりご確認下さい。

『第17GZ研究開発室』2019年10月1日〜6日
https://ameblo.jp/musu-of-soul/entry-12503183051.html

『PLAY JOURNEY (アジア編)』10月15日(火)、28日(月)
https://www.travel-ent-hostel.com/


※こちらの公演は終了致しました。



【取材・執筆】Sakaseruアスカ
【撮影】Sakaseru小柴

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