「いやー、緊張しますね。今日はよろしくお願いします」
穏やかな口調でそんな風に話すのは、早川剛史さん。「聖地ポーカーズ」という団体に所属し、俳優としてご活躍されています。
大事な仕事の前に吸うという、“勝負タバコ”の煙をくゆらせるその手にはドクロの指輪。シャツにもドクロ、スニーカーまでドクロがついています。そんな見た目どおりのアウトローさを持ちながらも、しきりに「自分なんかでよければ」と口にする謙虚な姿勢を併せ持つ方でした。
十以上歳の離れた我々取材陣にも、終始フラットに話して下さった早川さん。
少しお話するだけでその魅力が伝わってくるようでしたが、実はその役者人生は、常に順風満帆とはいきませんでした。
今回はその悩ましくも充実した日々について、花を贈るファンの方への想いについて、お話を伺いました。
*
奈良育ち・19歳の早川さんが上京した時、目指すのは現在の舞台俳優ではなく、声優。声の仕事でした。
声優事務所の養成所に合格し、胸高鳴らせ新天地に足を踏み入れた早川青年の髪の色は、ド金髪。養成所に通いながらのアルバイト先では「バンドマンでしょ」と言われるような、“声優を目指す人”というイメージからはかけ離れた格好をしていました。
「いわゆる、“東京デビュー”ですよね。笑
田舎者が『ナメられちゃいけない』みたいな。当時はトガりまくった子だったので」
その頃について、親戚の子供について話すような、温かくも遠い口調で早川さんはそう言います。
その派手な見た目と、訳あって養成所での素行があまりいいものではなかったことで、事務所関係者からの評判は芳しくありませんでした。
最終的に事務所所属試験の不合格を告げられた際、投げかけられた「もう少し素直ならね」という言葉は、次に入った声優養成所でも聞くことになります。
「2つの事務所に落ちたことで『事務所に入る』ということは諦めました。それぞれの養成所で学ぶべきことは十分学べたと思っていましたし、なにより本当に入りたいと思っていた事務所両方に落ちてしまったということが大きかった」
初めての挫折とも呼べる経験に、一方で代わりに得たものはもちろんありました。
一つは、感謝する恩人。
一つは、視野の広がりでした。
早川さんが今、俳優をやっていることのきっかけとも言える方。その人の名前は"朝田さん"と言いました。
朝田さんとの出会いは、早川さんが高校生の時。ひょんなことからあるイベントの司会をやることになった早川さんは、ゲストに呼ばれた声優さんの大ファンでした。
イベント当日、憧れの声優さんに感激する中で、マネージャーの方と言葉を交わす機会がありました。それが、朝田さんでした。
「声優志望の僕に、朝田さんは『うちの事務所の養成所に来なよ』と言って下さったんです」
朝田さんの言葉は、早々の上京を決定づけました。はじめに所属した前述の声優養成所は、朝田さんが働く事務所のものでした。
「養成所に在籍している間も、朝田さんには本当にお世話になりました。
この養成所は入所半年で試験があり、かなりの数振り落とされるんですが、自分は落ちなかった。これは想像ですが、この出来事や当時の素行について、朝田さんがフォローしてくれたんじゃないかと思います。
また、事務所に入れないことがわかった後も『別の事務所に口をきいてやる』と言って下さったり、次の養成所に移った後も、研究公演を見に来てくれたり。
あの頃の自分に目をかけてくださって……僕の人生で一番、存在の大きい人です。感謝しかありません」
しかしSNSもない時代のこと。養成所を離れてから、徐々に関係は疎遠になってしまったそう。
「年を重ねると、いろんな人に助けられて生きてきたことがよくわかります。
その中でも今、一人誰かに会えると言われたら、朝田さんに会いたいですね。
感謝と、あとは『まだ頑張ってますよ』と伝えたいです」
もう一つ早川さんの道を決定づけた経験が、2つ目の養成所での舞台出演でした。
その事務所は声優だけでなく、舞台俳優の方も多く排出する事務所。
「自分は当然、声の仕事がやりたかったんですが、舞台の仕事を結構やらせて頂いて。そこで舞台の面白さを知りました。
頑なに声優にこだわっていたので、ここで舞台という選択肢を得ていなかったら、役者の道を諦めていたかもしれません」
“役者”には舞台もあり、映像もあり、その中の一つとして声優がある――舞台を経験したことで、若き早川さんはそれを知り、活動の場を広げていきます。
「今も舞台を中心に声の仕事も、映像作品にも出ていますが、声優だけになりたかった頃より、今の方が楽しめています。もっと早く気付けていたら、もっと楽しい今があったかもしれません」
そう言いながらも、早川さんには一切の悲壮感はありません。
「でも、そういう経験があったから今があるわけで。そうでなかったら、今知り合っている人とも知り合えないかもしれない。それはそれで寂しいですよね」
後悔のない人にしかできない爽やかな笑顔で、そう話してくれました。
現在、早川さんの理想とする俳優像は、“カメレオン”であることだと言います。
「個人的な好みではありますが、僕は役に近づきたい、役に寄り添いたいんです。
色んなものになれるのが俳優の面白さだと考えているので、自分じゃない人間になろう、と思っています」
早川さんの役作りは深く、舞台近くになると無意識に歩き方から性格まで変化してしまい、荒くれ者を演じる時には周囲を困らせることも。
その役作りにはまず、頭の中にある近いイメージの役者さんを引っ張り出してくるそうです。アニメから海外作品まで、本当に幅広いお芝居を見ている早川さんだからできる役作りです。
「まずは他の人のモノマネをします。歩き方とか仕草とか、その資料集めから始めています。これは本当に昔からやっていたことで、ここの部分はここから持ってこよう、この部分はここからと組み立てていって、自分の記憶や経験などを合わせていきます。
役作りのために、常に自分を俯瞰して見る自分がいて、感情や立ち振舞いを記録していたりもします」
そんな早川さんが目指すお芝居は「楽しんでもらえるもの」。
「楽しいというのは、“人間の感情が動くこと”かなと考えています。
今、目指すものを聞かれたら、『人気者』なんです。みんなに”楽しんで”もらいたい。だって自分が面白い面白くないだけで済むなら、お客さんを入れる必要がありません。
自分ではなく色んな役を見せるというのも含めて、いつも、お客さんに楽しんでもらえるかどうかを一番に考えながら、仕事をしています」
朝田さんにお世話になった日々。舞台の世界を知った日。事務所所属を諦めた時。そして、役者という仕事に向き合う、今。そうした長い時を経て、今の早川さんがあります。
それでも早川さんは、立ち止まりそうになることもあるといいます。
「もう自分のエネルギーだけで走るには厳しくて、後ろを振り向きたくなる時があります。
そういう時、ファンの方の応援に背中を押されるんです。
振り返れば僕の後ろには応援して下さる皆さんがいて、『この人達が居る限りは続けていこう』と感じます」
お芝居が良かったと言ってもらったとき、ファンレターを貰ったとき、花を贈られたとき――初めて貰った花は、大量に写真を撮り、今でもお花の札は必ず持ち帰り保管してあるそう。ファンの方の気持を本当に大切に、ご自身のエネルギーにしています。
「仮に役者を辞めることがあるとしたら、その理由の一つは『誰も僕のことを見てくれてないな』って思った時です。
若い頃ではそれでも突っ走れましたが、今はそうじゃない。必要としてくれてる人がいるから、今はまだ走れる。走ろう、走りたい、と思います。
応援して下さる皆さん、本当にありがとうございます。お陰でまだやっていけています」
冒頭にも書いた通り、本当に暖かくフラットな雰囲気で対応して下さった早川さん。
自分を高く見せる発言は決してしないものの、これまでやってきたことに対する自信がじわりと滲み出るような、堂々とした方でした。
非常に印象的だったのは、常に周囲の方々への感謝の言葉が耐えなかったこと。朝田さんとファンの方のみならず、これまで関わったすべての方に感謝をされていました。
決して自分を第一にせず、ファンの方、観客の方、周囲の方に楽しんでくれることを常に考え、感謝する早川さん。そんな早川さんの姿勢は、周囲の方にも、ファンの皆さまにも伝わっているはずです。「役者を辞めるとしたら」、そうお話して頂く場面もありましたが、それが「誰も早川さんを見なくなった時」なのであれば、この先もずっと早川さんのご活躍を見続けられるように思いました。
早川さん、この度はお忙しい中インタビューにお答え頂き、本当にありがとうございました。
この場を借りて、改めてお礼申し上げます。また今後のご活躍を心よりお祈り致しております。
* * *
【今回インタビューさせて頂いた方:早川剛史さん】
次回出演予定は2019年11月27日(水)〜12月1日(日)、中目黒ウッディシアターにて行われる聖地ポーカーズ2019年秋公演「eleven2019」。
チケット等詳細はこちらからご覧下さい。
http://seichipokers.com/2019/09/16/11cast/
※こちらの公演は終了しました。
【取材・執筆】Sakaseruアスカ
【撮影】Sakaseru小柴
SNSでシェア
その他のインタビュー記事
「柔軟な方が楽しい」佐藤拓也の声優として生きる覚悟
「皆わろててや」黒沢ともよのしなやかな生き方
「何より楽しんでもらうこと」岩佐祐樹の大切なもの
「人生を変えられる舞台」を目指して 俳優・瀬尾タクヤの道程
”田中翔”そのひとが描く、唯一無二の未来
すべてを糧に上を向く 女優・須田スミレの情熱
お芝居が楽しくてたまらない! 石森亜希が”役者”になる日
「顧客満足度を意識する」女優・佐倉仁菜 熱意と義理と人情と
「好きなことをやり続けて生き抜きたい」 声優・最上みゆうが結果を出し続ける理由
一途に、楽しんでもらいたい 声優・粕谷大介の恩返し
“熱量”だけは並んでいたい 俳優・釣本南の全力の生き方
「僕も今の僕に満足してない」 俳優・田代竜之介の挑戦
「磁石のように惹きつけられる」存在に出会った女優・羽沢葵
“スーパーウーマンへ” 逆境を機に進化する女優・井上麗夢
主宰として演者として 逢阪えまが創る世界
二つの軸を持ち続ける、俳優・千葉一磨
芝居が好きだと気づく 伊勢大貴の求めるその先
「みんな俺のこと、好き?」和合真一の“輪”と“鏡”
「皆さんに導いて頂いて」歌手・幡野智宏の努力の形
「これって愛だな」駒形友梨の自信のみなもと
「あの時チェキを撮ってもらってから」月野もあを支える原動力