「私たちの仕事は皆を元気にさせることなのに……何もない日常を生きていると、何をしているんだろうな、と思ってしまいます」
そう、薄っすらと涙をにじませながらお話するのは、女優の井上麗夢さん。高校時代から劇団に所属し、現在はフリーでご活躍中の方です。
2020年5月現在、未曾有のウイルス蔓延、公演自粛により、多大な影響を受けるエンタメ業界。
その真っ只中にいながら、リモート演劇やライブ配信などを通じ、懸命に“女優”として活動される井上さんに、その心境をお話頂きました。
井上さんは元々、幼い頃からクラシックバレエに親しみ、“舞台に上がる”ということを自然に感じる方でした。舞台を降りても、学校では学級委員長や部長などを務め、何かしら人の注目を浴びていたそう。
お芝居にはあまり興味がなかったと言いますが、中学時代、友人と一緒に所属した演劇部で、その感覚は一変します。
「お芝居ってすっごい楽しい!」
その情熱が伝わったのか、高校に入って映画のオーディションを受けると、映画を制作していた劇団から声がかかりました。大人ばかりの環境で、井上さんはそのお芝居への情熱を花開かせていきます。
転機は、大学に入った後のこと。
劇団に所属しながら大学の演劇科に通う日々の中で、ふと、井上さんは不安を覚えます。
「私、停滞してしまっていない?」
井上さんは劇団に所属していたので、特に何かをしなくても、舞台の仕事が年に何度か舞い込んで来ていました。そんな環境を、井上さんは“なあなあ”に生きてしまっているのではないか、と感じてしまったのです。
本当にこの世界で生きていきたいのかを自身に問いかけるため、一度、この世界を離れようと決意します。大学も劇団も辞め、エステサロンで働きはじめました。
すると次第に、「やっぱりお芝居をやりたい」という気持ちが湧き上がってきたのです。同時に「私は結果として、お芝居を“諦めて”しまったのでは?」という、悔しい想いが浮かんできました。
井上さんがお芝居の世界に戻る、最後の一歩は、様々なタイミングが重なったためでした。
働いていた店舗が閉められ異動になったこと。
以前お世話になった方から、2年ぶりに舞台出演のオファーをいただいたこと。
「舞台の世界に戻ってこいと言われたんだ!」
22歳の時、井上さんはお芝居の世界に戻ることを決めました。
それから数年。
井上さんのお芝居に対する真摯な想いは、今も変わりません。
それだけに、今回のコロナウイルスによる演劇界の被害に大変心を痛めています。
お芝居を愛する故、というのはもちろん、出演予定だった舞台が、最終稽古残り2日で中止になってしまったことが、井上さんにとってはとても悲しい出来事でした。
「舞台は3月10日が初日になるはずでした。
2月からコロナウイルスの影響は感じ初めていましたが、3月に入れば稽古ももう終盤。主宰さんも、私たち演者も、スタッフさんも、なんとか上演したいという気持ちでした」
主宰の方がその判断を変えたのは、3月上旬、大阪のライブハウスでクラスターが発生したという報道です。
報道に対する世間の反応は、開催側のみならず、ライブに参加した観客側についても非常に厳しいものでした。それを見て、主宰の方は「自分だけで責任が取れなくなってしまう」と、泣く泣く上演を断念したそうです。形としては、“延期”とされましたが、今も再演の目処は立っていません。
「それに、隣の人が咳をしたら気になってしまうような状況では、お芝居の世界に浸って頂けません」
そんな思いもあり、頭では納得しながらも、井上さんは涙したと言います。
「『じゃあ私のセリフは、この物語は、誰の目にも触れずどこにも届かず、消えてしまうんだ』そうと思うと、とても悲しくて……」
延期が決定してから、井上さんの全身には蕁麻疹が。全力で取り組んでいたお芝居を届けられなかったことは、想像以上に井上さんの心に負担となっていたのです。
今現在も、仕事がないというご自身の不安のほか、ステージを作ってくれているスタッフの方、そして劇場の行く末など、心配ごとは付きません。
「ファンの方には『皆に早く逢いたいよ、劇場で会おうね!』なんて明るく言っていますが、仮にコロナが早々に収束しても、演劇界ってすごく後回しになってしまうと思うんです。流行のはじめに、『必要不可欠なものではない』とされてしまった印象があります。
本当に明るく前向きになれるのは1年以上先、すごく長い目で見るべきだと思っているのが本音です」
エモーショナルに演劇への想いを語りながらも、冷静に現実を見つめる井上さんの姿がありました。
悲しく思うことは沢山ありますが、一方で、今だから開拓できた境地もあるそうです。
「今井夢子さんという方が始めた、定点カメラを使った一人芝居を知って、『私もやってみたい!』と思いました。オンライン演劇にも参加しましたし、演劇界って正直腰が重いイメージがあったんですが、どうしても生の演劇ができない、となってからの皆のアイデアがすごいです」
そう語る井上さんはわくわくした表情です。
「『演劇って生じゃなくてもできるんだ』とも思いました。生の舞台が一番だとは思っていますが、“演劇”という世界と“役者”という仕事を知ってもらえる機会が増えました。それはすごく嬉しいです」
一人芝居をやってみたい、だけでなく、「こんなお話がやりたい」という脚本のアイデアまで湧いているそう。
「今までこんな風に思ったことなかったんですよ。『これってもしや、私の新しい一歩じゃない? 自粛ムードが終わったら何でもできるスーパーウーマンになろう!』と思っています」
井上さんはBIGO LIVEというアプリで、毎日ライブ配信も行っています。配信しながら、日々カメラワークも研究しているというのですから、“スーパーウーマン”も夢ではありません。
現在、不安と希望と、井上さんは2つの気持ちの間で揺れ動いています。
「悲しく、不安になってしまう瞬間はたくさんありますが、少しでもプラスに捉えていないと生きていけません!」
そんな風に、オンライン演劇やライブ配信など、オンラインコンテンツにはとても助けられている反面、井上さんはやはり、「生のお芝居が一番やりたい」と話します。
「演劇が色々な方向に進んでいくことは、もちろん楽しみです。でも、それによって劇場に足を運ぶ機会を失ってしまうのだとしたら、やっぱりすごく悔しいです」
生のお芝居、の魅力とはどんな部分なのでしょうか。
「お客様と一緒に舞台を作り上げる感覚は、他に代えられません」
お客様の反応でもセリフ一つ変わってくる、生のお芝居。そんな劇場の一体感はどうしても、そこにいなければ感じられません。「一言で印象に残るような存在になりたい」ご自身のお芝居についてそう語る井上さんは、もどかしさを抱え続けています。
ただ、そんな状況だからこそ、ファンの方の存在は大きな支えだと言います。
「本当に家族のような存在です。こんなこと言ったことないんですが……。笑
私より私の歴史を知っていると思いますし、一番の仲の良い友達であり、家族であり、一番無条件で“愛してくれる”存在です」
では今、ファンの方に言葉を掛けるなら――そう尋ねると、とても照れくさそうに答えてくれました。井上さんの言葉をそのままお伝えさせて頂きます。
「いつも照れくさくていつも皆にはいわないけど、こんなおちゃらけたキャラやってますけど、本当に皆が大切です。
今みたいなつらい時も、皆に元気を与えたいと思っているけど、何よりも元気をもらっているのは私なので、絶対に今後もう言わないけど、『ありがとう』。
……喜ぶなよ!笑」
元気で可愛らしく、エモーショナル。でも物事をよく考えていらっしゃる方。井上麗夢さんはそんな素敵な方でした。
インタビュー開始時から真っ直ぐに答えて下さるその様子は、インタビューアのスタッフをたった1時間で(もしくは開始5分で)井上さんのファンにしてしまいました。
演劇界に身を置いていない私たちには、井上さんほどは事態を深刻に受け止められていないかもしれません。それでも、井上さんの真剣な言葉には、とても心動かされるものがありました。
“スーパーウーマン”になった井上さんが、劇場で見られること、心から楽しみにしています。
この度はインタビューにお答えいただき、本当にありがとうございました!
【取材・執筆】Sakaseruアスカ
【写真】井上様ご提供
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